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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)6605号 判決

原告

宮崎昭子

ほか三名

被告

村上義和

主文

一  被告は、原告宮崎昭子に対し、金二二三七万四九〇九円及びこれに対する平成二年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告宮崎法峰に対し、金八九四万一六三六円及びこれに対する平成二年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告宮崎富夫、原告松葉和子に対し、各七四九万一六三六円及びこれに対する平成二年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

被告は、原告宮崎和子に対し金六〇〇〇万円、原告宮崎法峰に対し金二〇〇〇万円、原告宮崎富夫に対し金二〇〇〇万円、原告松葉和子に対し金二〇〇〇万円及び右各金員に対する平成二年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成元年一一月二三日午後一〇時一〇分ころ

(二) 場所 大阪市淀川区塚本二丁目二〇番六号先道路上

(三) 加害車 被告が運転していた自動二輪車(なにわめ四六九三号、以下「加害車」という。)

(四) 被害者 宮崎俊雄(以下「俊雄」という。)

(五) 事故態様 俊雄が南から北に右道路を横断中、東進中の加害車と衝突した。

2  責任原因

被告は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故による損害賠償責任を負う。

3  俊雄の死亡

本件事故により、俊雄は、下大静脈破裂の傷害を負い、平成元年一一月二四日午前〇時五分に死亡した。

4  俊雄の損害

(一) 逸失利益 八〇〇八万五六〇〇円

俊雄は、金属解体業を営む株式会社宮崎俊雄商店(以下「宮崎商店」という。)の代表者として、本件事故当時、一か月当たり一二〇万円の給与を得ていた(資本金三〇〇〇万円未満の会社社長の平均給与額等と比較しても、俊雄の給与金額は低額であり、そのうちの相当部分が利益配当の性質を有していたとの被告の主張は理由がない。)。

俊雄は、本件事故により死亡しなければ、平成二年の六四歳の男性の平均余命が一六・九〇年であることから考えて、少なくともさらに一〇年間は、同社の代表者として就労可能であつたから、本件事故による逸失利益を、生活費として三割を控除し、ホフマン式計算法により中間利息を控除して算出すると、右のとおりとなる。

(二) 慰謝料

本件事故の結果、宮崎商店の存立そのものが危うくなり、俊雄の生命保険等を全て使うことによつて、かろうじてその存立が図れたのであり、本件事故により被つた精神的損害は計り知れない。

5  相続

原告宮崎昭子(以下「原告昭子」という。)は俊雄の配偶者であり、原告宮崎法峰(以下「原告法峰」という。)、原告宮崎富夫(以下「原告富夫」という。)及び原告松葉和子(以下「原告和子」という。)は、いずれも俊雄の子であつて(以下、以上三名を「原告子ら」という。)、俊雄の死亡に基づく相続により、本件事故による俊雄の損害賠償請求権を、原告昭子が二分の一、原告子らが各六分の一ずつ承継取得した。

6  原告らの損害

(一) 葬儀費用 四八一万一四五九円

俊雄の葬儀のため、原告法峰が支出した。

(二) 買換特例の適用を受け得なかつたことによる損害 五四四四万八〇〇〇円

俊雄は、三重県上野市に工場を建築し、同所で宮崎商店の営業を行うことを計画し、公認会計士事務所の指導のもとに、昭和六三年から宮崎商店及び俊雄個人名義で同所に工場用地を購入し、平成元年八月三〇日に、宮崎商店に対し賃貸していた淀川区三国本町の工場建物及びその敷地の所有権の二分の一(以下「大阪工場」という。)を原告法峰に三億五〇三八万六四二〇円で売却した。そして、右売却代金につき租税特別措置法三七条に規定する事業用資産の買換の特例(以下「買換特例」という。)の適用を受け、同売却代金で上野市の右工場用地に工場(以下「上野工場」という。)を建て機械設備を購入して、平成二年中に営業を開始する計画であつた。

俊雄は、上野工場新設にともなう開発申請作業の途中に本件事故のため死亡した。買換特例は、事業用資産の譲渡人が死亡した場合にも、その相続人が法定期間内に買換資産を取得し、事業の用に供したときには適用を受け得る場合があるが、上野工場新設の作業は、すべて俊雄が行つていたため、原告らはその事情を知らず、また、俊雄が死亡した結果、上野工場の責任者確保ができなくなつたため、同作業は頓挫し、原告らは、上野工場新設計画を一からやり直さねばならなくなつた。そのため、上野工場敷地の造成工事請負契約は平成二年九月二八日に、工場建物工事請負契約は同年一〇月三〇日及び平成三年三月四日になつてようやく締結されたため、事業の開始は遅れ、買換特例の適用を受けられなくなつた。

買換特例の適用があれば、一六四〇万六〇〇〇円の税金支払で済んだところ、七〇八五万四〇〇〇円の税金の支払を余儀なくされ、五四四四万八〇〇〇円の損害を被つた。

(三) 工場建物建築工事代金増加分の損害 二七八八万二〇〇〇円

上野工場建物の建築工事代金の見積は、平成元年六月二〇日には、二億三二四八万八〇〇〇円であつたが、本件事故により、上野工場新築計画が遅れたため、現実の工事代金は二億六〇七三万円になり、この結果、原告らは、二七八八万二〇〇〇万円の出資を余儀なくされた。

(四) 弁護士費用 計九六〇万円

原告らは、本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、そのための費用負担を約した。そのため、原告昭子が四八〇万円、原告子らがそれぞれ一六〇万円の損害を受けた。

7  よつて、被告に対する損害賠償請求として、原告昭子は、右損害額合計のうち金六〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成二年九月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告子らはそれぞれ、右損害額合計のうち金二〇〇〇万円及びこれに対する右と同じ日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実のうち、俊雄が金属解体業を営む宮崎商店の代表者であつたことは認めるが、その余は否認する。

宮崎商店の業種及び名称等、俊雄の年齢、宮崎商店から俊雄は配当を得ていないこと等からして、原告ら主張の給料のうち、相当部分は、俊雄の労働の対価ではなく、事業自体から生じる利益配当の性質を有するものというべきである。しかし、その割合は不明であるから、一般の年齢別平均賃金を基礎にして、その逸失利益を算出する他はない。また、就労可能年数についても、一般の場合の七年よりも長いものとする理由はない。

5  同5の事実は認める。

6(一)  同6の事実は知らない。

(二)  葬儀費用については、一五〇万円が相当である。

(三)  買換特例の適用を受け得なかつたことによる損害及び工場建物建築工事代金増加分の損害の主張については、法的主体が整理されておらず、混同が認められ、損害の発生について具体的蓋然性もない。また、本件事故との相当因果関係が存在しないから、失当である。

すなわち、俊雄が買換特例の適用を受けるためには、本件事故が発生する時期までに、これに向けて税法上の諸手続等(上野工場建設についての請負契約の締結等)を履行していることが必要であつたが、これらに着手せず、あるいは完了していない以上、買換特例の適用を受けることのできた蓋然性はない。

また、資産の譲渡者死亡の場合にも相続人が買換特例適用を受け得る場合があるのに、原告らが適切に判断、行動しなかつたという原告らの支配する領域内の事情により、これを受け得なくなつたのであるから、本件事故との因果関係を欠いている。

さらに、交通事故の被害者が、税法上の買換特例を受けるべく準備計画中であることは、通常あることではなく、加害者にとつては、全く予見不可能であつたから、相当因果関係がないものというべきであるし、相当な賠償義務の範囲外であるともいうべきである。

三  抗弁

1  過失相殺

(一) 本件事故現場は、JR塚本駅東方約一〇〇メートルに位置し、東西に通じる市道福町浜町線路上であり、東西方向の見通しはよく、付近は、商店やマンシヨン等の混在する市街区域であり、道路両側に多くの駐車車両が存在していた。

右東西道路は、全幅員約一五メートルで、歩車道の区別があり、車道には、中央線の両側にそれぞれ幅員三・五メートルの車両通行帯と、その外側に幅員一・五メートルの路側帯があり、その外側に歩道が位置し、歩車道の間には鉄製の防護柵が設けられている。

本件事故の衝突地点は、右東西道路の東行き車線に北から幅員約七・二メートルの道路が交わる三叉路(以下「本件三叉路」という。)のほぼ東端の東行き車線上である。右三叉路には、歩行者用横断歩道はなく、約五〇メートル西方の塚本一丁目西交差点には、信号機並びに歩行者用横断歩道が設けられている。

(二) 被告は、排気量四〇〇ccの加害車を運転して、西から東に向かつて時速約六〇キロメートルで、道路中央線から約一・二メートル左方の東行き車線上中央寄りの位置を進行していた。当時、東行き車両は加害車の他にはなく、東方からの対向車両が一台あつた。

被告は、本件三叉路の手前約三〇メートルの地点で、同三叉路の東約五メートルの道路左端に乗用車(タクシー)が停止しており、また、前方約六〇メートルの地点に対向西進してくる普通乗用自動車を認めた。

そして、同車の前照灯のため、前方が見えにくくなつた状態の中で、右タクシーのすぐ西側を右から左へと歩いている女性歩行者の姿を認めて、「危ない」と思つた次の瞬間に、右前方約六・三メートルの中央線からやや右側の地点に、右から左へとやや東側方向を向いて、加害車に気付かないまま、斜めに横断中の黒つぽい服装の俊雄を発見し、直ちに急制動したが間に合わず、同人に自車を衝突させ、同人は、右前方約一〇メートルの地点の路上に転倒した。

(三) 当時、俊雄は酒気を帯びており、本件三叉路南側歩道上において、前記タクシーに合図をし、同車は前記の場所に停止した。

これを見て俊雄は、歩車道の間にある鉄製防護柵の切れ目から車道上の駐車車両の西側に出て、まず、先に同行の女性が、同所から前記タクシーの後方に向かつて北東方向に斜めに歩行横断し、俊雄がこれに続いて歩行横断中に、加害車と衝突した。

(四) 以上の事故状況等からすれば、本件事故の主因は当然のこと、前方注視を欠いた被告にある。

しかしながら、夜間、相当の通行車両がある比較的幅の広い本件事故現場の道路を歩行横断するに際し、近くに横断歩道があるにもかかわらず、これを利用せずに、防護柵の切れ目から車道に出て、左方への安全確認を全く怠り、接近する加害車に全く気付かないまま、先行の歩行者に続き広い道路を斜めに横断歩行した俊雄にも相当の過失があるというべきであり、これに、俊雄が当時酒気を帯びていた点を併せると、その過失割合は、少なくとも四〇パーセントとするのが相当である。

2  損益相殺

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険から二五〇三万一一七〇円の支払を受け、法定相続分に応じて、各損害の填補とした。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は、東西道路の東行き車線に北から交わる道路の幅員は、約七・二メートルではなく、約七・八メートルである点、歩車道の間の防護柵は一面に設けてあるのではなく、間隔をおいて設けてある点を除き、認める。

(二)  同1(二)の事実のうち、被告の認識内容については知らない。

本件事故現場は、ガソリンスタンドの前に位置し、明るい場所である。加害車の速度は、俊雄が衝突後左前方に飛ばされ、約一〇メートル前方に停止中のタクシーの右側面に当たつて転倒しているところからすると、時速六〇キロメートル以上であつた可能性が強く、また、同行の女性も加害車に全く気付いていないことからして、被告が前照灯を点灯していたか否かについても疑問がある。

本件事故当時、被告は、光線を七六・八パーセントもカツトするため、非常に暗く夜間使用には不適なスモークシールドヘルメツトを着用して運転していた。夜間、本件事故現場付近において、被告は、同ヘルメツトを着用しなければ三一・四メートル前方の人物を認識できるが、これを着用すると、一五・六メートルまで近寄らないと前方の人物を認識できない状況であつた。

(三)  同1(三)の事実のうち、俊雄が、道路反対側に停止したタクシーに乗るため、本件事故現場の道路を、一緒にいた女性に従い、南から北に向けて、やや右斜めに横断していたこと、道路中央線を越えて約一・二メートル程の地点で加害車に衝突されたこと、俊雄は、やや酒気を帯びていたことは認める。

しかし、俊雄は、歩行等には全く酒気の影響を受けていなかつた。

(四)  同1(四)の主張は争う。

本件事故現場の状況、事故態様に加え、本件事故当時、被告が前記のスモークシールドヘルメツトを着用して運転していたことを考え併せると、仮に、俊雄に過失があつたとしても、その割合は極めてわずかであり、一〇パーセント前後が相当である。

2  同2の事実は認める。

理由

一  事故の発生及び被告の責任について

請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条に基づき本件事故による損害の賠償責任を負う

二  俊雄の死亡及び損害について

1  請求原因3(俊雄の死亡)の事実は当事者間に争いがない。

2  俊雄の損害

(一)  逸失利益 五三〇八万九九八八円

(1) 俊雄が金属解体業を営む宮﨑商店の代表者であつたことは当事者間に争いがないところ、甲第四号証の二、第一九号証の一九、第二一号証及び原告法峰本人尋問の結果によれは、俊雄は、大正一四年八月三日生(本件事故当時六四歳)の健康な男子で、本件事故当時、長男の原告法峰に宮﨑商店の仕事の一部を任せるようにはなつた(甲第一九号証の一九、七頁)ものの、毎日、午前七時一五分から午後五時三〇分まで、遅いときには午後七時ころまで勤務し、経理、財務、労務等を含む営業活動全体を行う立場にあつたこと、本件事故に遭うまでの平成元年中(三二七日間)に、給与名下に宮﨑商店から一二九〇万円を得ていたこと、宮﨑商店は資本金が二〇〇〇万円、俊雄、原告昭子及び他一名の株主がいる同族会社であり、本件事故当時、年商一〇億円弱であつて、利益をあげていたが、利益配当は行つていなかつたこと、宮﨑商店には、本件事故当時、従業員が役員を含み一五名おり、人件費は、昭和六三年度に七二〇〇万円余、平成元年度に七六〇〇万円余であつたこと、俊雄の長男である原告法峰が専務取締役、次男である原告富夫が取締役、妻である原告昭子が常勤監査役に就いており、原告法峰が工場の現場作業を担当し、原告富夫が俊雄の下で営業を補助し、原告昭子は経理を担当し、また、宮﨑商店の業務の一つである計量証明事業の主任計量者をして、一か月当たり、原告法峰が七〇万円、原告富夫が六〇万円、原告昭子が七〇万円の給与を得ていたことが認められる。

(2) 以上によれば、宮﨑商店が同族会社ではあつても従業員数が一五名いること等から俊雄の個人企業とまでいえないこと、宮﨑商店では利益があがつてもその利益配当を行つていなかつたこと等から考えて、俊雄が宮﨑商店から得ていた収入は、名目上給与であつたとしても、そのすべてが俊雄の労働の対価であつたものとは認められず、俊雄の得ていた収入額、俊雄の宮﨑商店における立場、就労状況、他の役員の得ていた給与金額等以上認定の事情を考慮すると、右収入額のうち、俊雄の労働の対価部分の占める割合は、八割程度であつたものと考えられる。

そして、俊雄は、平成元年中の三二七日間に一二九〇万円を得ていたことよりすれば、一年当たりに換算すると、一四三九万九〇八二円(一円未満切り捨て、以下同じ。)の収入を得ることができたものというべきであるから、俊雄の本件事故当時の一年当たりの労働の対価は、その八割に当たる一一五一万九二六五円であつたものと考えられる。

(3) さらに、以上によれは、俊雄は、六四歳であり、長男である原告法峰に仕事の一部を任せるようにはなつたものの、健康で、宮崎商店の営業全般を行つていたところ、原告法峰本人尋問の結果によれは、俊雄は死ぬまで宮﨑商店の仕事を続けるという希望を持つていたことが認められるから、本件事故に遭わなければ、少なくとも、当裁判所に顕著な事実である平成元年簡易生命表による六四歳男子の平均余命一六・九六年の半分程度である八年間は、なお、さらに宮﨑商店の仕事を続けることができたものと推認される。

(4) したがつて、以上によれば、俊雄は、本件事故に遭わなければ、さらに八年間にわたり就労可能であり、その間の労働の対価として、少なくとも、平均して一年当たりに一一五一万九二六五円程度を得ることができたものというべきであるから、本件事故による逸失利益の本件事故当時の現価を、生活費として三割を控除し(俊雄の年齢、家族構成その他の事情を考慮すると、生活費控除率は三割とするのが相当である。)、ホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおり五三〇八万九九八八円となる。

(算式)11,519,265×(1-0.3)×6.584=53,089,988

(二)  慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故の態様・俊雄の受傷部位、死亡に至る経過、年齢、家族構成その他弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば、俊雄の本件事故による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

三  相続

請求原因5(相続)の事実は当事者間に争いがない。

したがつて、法定相続分に従い、以上認定の俊雄の損害額合計七三〇八万九九八八円のうち、二分の一に当たる三六五四万四九九四円についての損害賠償請求権を原告昭子が、それぞれ六分の一に当たる一二一八万一六六四円ずつについての損害賠償請求権を原告子らが、いずれも相続により承継取得した。

四  原告らの損害について

1  葬儀費用 一五〇万円

甲第一八号証によれば、原告法峰は、俊雄の葬儀を取り扱つた葬祭会社に二四三万九六五八円を支払つたことが認められ、これに加え、俊雄の年齢、社会的地位等弁論に現われた諸事情を考慮すると、本件事故による葬儀費用相当の損害として、原告法峰が被告に対して賠償を求め得る金額は、一五〇万円とするのが相当である。

2  買換特例の適用を受け得なかつたこと及び工場建物建築工事代金が増加したことによる損害

(一)  甲第一〇ないし一二号証、第二一ないし二三号証、第二五号証の一ないし三、第二六ないし三〇号証及び原告法峰本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 俊雄は、その所有する大阪工場を宮﨑商店に賃貸し、宮﨑商店が同工場で金属解体等の事業を営んでいたが、近隣にマンシヨンが建つなどして、近い将来、作業をすることが困難となることが予想されたので、工場を移転することを計画し、昭和六三年五月、三重県上野市の土地を俊雄、原告昭子、宮﨑商店の名義で購入し、平成元年六月には、宮﨑商店と赤井測量設計株式会社との間に右土地上に上野工場を新設するための測量設計及びそれに伴う申請作業を委託する旨の契約を成立させ、殖産住宅株式会社に上野工場新設の工事費用の見積りをさせた。右見積りによれば、工場建物新築の工事費は二億四二万四〇〇〇円、事務所建物新築の工事費は三二四二万四〇〇〇円であつた(ただし、いずれも平成元年六月二〇日から一か月のみ有効)。

(2) 俊雄は、同年八月三〇日、大阪工場を原告法峰に代金合計三億五〇三八万六四二〇円で売却した。

(3) 俊雄が同年一一月二四日に本件交通事故で死亡した後、同人を相続した原告らは、殖産住宅株式会社との間で、平成二年九月二八日に右上野の土地の宅地造成工事の請負契約(注文者宮﨑商店及び原告昭子 代金一億四二七万円)を、同年一〇月三〇日に同土地上の工場新築工事の請負契約(注文者原告昭子 代金二億二七八〇万円)を、平成三年三月四日に同土地上の事務所新築工事の請負契約(注文者原告昭子 代金三二九三万円)を締結し、これらは、同年八月ころに完成した。

(二)  買換特例の適用を受け得なかつたことによる損害

(1) ところで、租税特別措置法の事業用資産の買換えの特例の適用を受けるには、事業に使用している特定の土地建物等を譲渡し、その譲渡資産に対応する特定の買換資産を取得することを必要とするところ、資産を譲渡したが、買換資産を未だ取得していない場合には、譲渡資産を譲渡した年の翌年に取得する見込みで税務署長の承認を受けたものであればよく、やむを得ない事情があるため翌年中に取得が困難である場合には翌年度二年以内において税務署長の認定した日までの期間内に取得する見込みがあればよく、買換資産をその取得の日から一年以内に事業に使用することを条件として、譲渡資産を譲渡した年分の確定申告書に買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をし、かつ、譲渡資産の譲渡価額、買受資産の取得価額又はその見積額に関する明細書等の書類を添付すれば足るとされている(同法三七条)。

(2) これを本件について見るに、俊雄が原告らの主張する譲渡資産を譲渡したのが平成元年八月、死亡したのが同年一一月で、平成元年分の俊雄の確定申告の期限までには三か月以上あつたのであるから、原告らが俊雄の平成元年分の確定申告をして買換えの特例の適用を受けようとする旨を明らかにし、右の税務署長の承認ないし認定を受けるのに十分な時間的余裕があつたというべきであり、かつ、右認定の事実によれば、所定の手続をとることによつて、買換特例の適用を受け得たというべきである。原告らは、上野工場新設の作業はすべて俊雄が行つていたため、原告らはその事情を知らず、また、俊雄が死亡したため、上野工場の責任者確保ができなくなつたため、同作業が頓挫し、計画を一からやり直さねばならなくなつたと主張し、原告法峰もそのように供述するけれども、先に認定したとおり、俊雄は、大阪工場を原告法峰に譲渡する前に、上野工場の新築費用の見積りを業者にさせていたこと、原告法峰を専務取締役とし宮崎商店の仕事の一部を同原告に任せていたことのほか、原告法峰本人尋問の結果を含む前掲の各証拠に弁論の全趣旨を総合すると、俊雄は上野の土地を購入する前から、公認会計士の指導を受けていたこと、原告法峰は、上野工場を建てる資金を得るために大阪工場の譲渡をするということを知つていたこと、俊雄の死亡する一週間前に、上野市の地元で開かれた説明会に俊雄とともに出席したこと、俊雄の死亡後の平成元年一二月一〇日ころ、前記認定の赤井測量設計株式会社との間の上野工場新設にかかる測量設計及び申請作業の委託の契約書を見たことが認められ、これらの事実に照らすと、原告法峰は宮崎商店の専務取締役として、同商店及び俊雄の資産状況や俊雄の同商店経営の構想をかなりの程度認識していたと推認されるから、原告法峰の右供述部分はにわかに信用しがたい。

(3) そうすると、原告らが俊雄のした大阪工場の譲渡について買換えの特例の適用を受けなかつたのは、本件事故とは関係がないというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、買換特例の適用を受け得なかつたことにより余分に支出した税金を本件事故による損害と認めることはできない。

(三)  工場建物建築工事代金が増加したことによる損害

前記認定のとおり、殖産住宅株式会社による上野工場新築の工事代金の見積りは、平成元年六月二〇日から一か月間のみ有効なものとされていたところ、前掲各証拠によれば、俊雄は、右有効期間を越えて同年一一月二三日まで工場建築工事請負契約を結んでいなかつたことが認められるから、俊雄あるいは原告らが、右見積りの金額によつて、上野工場を建築することができた蓋然性は認められず、他に本件事故のため、上野工場建築代金が増加したことを認めるに足りる証拠はない。

(四)  したがつて、これらの点に関する、原告らの主張はすべて理由がない。

五  過失相殺

(一)  抗弁1(過失相殺)(一)の事実は争いがなく(ただし、東西道路の東行き車線に北から交わる道路の幅員の点、歩車道の間の防護柵の設置態様の点を除く。)、また、同(三)の事実のうち、俊雄が、道路反対側に停止したタクシーに乗るため、本件事故現場の道路を、一緒にいた女性に従い、南から北に向けて、やや右斜めに横断していたこと、道路中央線を越えて約一・二メートル程の地点で加害車に衝突されたこと、俊雄は、やや酒気を帯びていたことについても争いがなく、さらに、同(二)の事実のうち、被告は、排気量四〇〇ccの加害車を運転して、西から東に向かつて道路中央線から約一・二メートル左方の東行き車線上中央寄りの位置を進行しており、当時、東行き車両は加害車の他にはなく、東方からの対向車両が一台あつたことについては、原告は、明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

そして、甲第一九号証の六ないし二一によれば、本件事故現場付近は、やや明るく、本件事故現場の道路はアスフアルト舗装され、路面は平坦で、本件事故当時乾燥していたこと、東西道路は、時速四〇キロメートルの速度規制が行われ、東西道路の東行き車線に北から交わる道路の幅員は、約七・八メートルあつたこと、歩車道の間には、切れ目があるものの、鉄製の防護柵が設けられていたこと、本件事故直後の平成元年一一月二三日午後一〇時四〇分から四五分間にわたつて行われた実況見分時、本件事故現場の東西道路の交通量は、一分間に一二台であつたこと、本件事故当時、被告は、透過率が約二三・二パーセントしかなく、非常に見通しが暗く、夜間使用には不適なフルフエイスのスモークシールドヘルメツトを着用して、排気量四〇〇ccの加害車を、前照灯を点灯して、西から東に向け運転していたこと、被告は、時速約六〇キロメートル以上の速度で進行し、俊雄と同行し俊雄の先を横断した仲山幸子に気を取られ、前方六・三メートルの地点に初めて俊雄を発見し、急制動をかけたが、さらに六・八メートル程度進んで俊雄と衝突したこと、俊雄は、衝突後東方向に飛ばされ、衝突地点から約一〇メートル東方に停止中のタクシーの右側面に当たつて転倒したこと、俊雄は、本件事故当時、酒気を帯びてはいたものの、足どり等はしつかりしていたこと、本件事故後の平成元年一二月三〇日、午後九時三〇分から三〇分間にわたつて行われた実況見分時、本件事故現場付近において、被告は、同ヘルメツトを着用しなければ、三一・四メートル手前から本件事故現場の東西道路中央付近にいる人物を認識できたが、これを着用した場合、一五・六メートルまで近寄らないと同じ位置の人物を認識できなかつたこと(なお、この実況見分は、前照灯等で前方を照らした上では行われなかつた。)が認められる。

(二)  以上によれば、本件事故現場の東西道路が市街区域を通る道路であつて、未だ歩行者のある時間帯に通行していたにもかかわらず、見通しが悪く夜間使用に適さないスモークシールドのヘルメツトを被つていない場合には、少なくとも三一メートル程度前方まで見通せたのに、同ヘルメツトを被つていたため見通しが極めて悪い状態のまま、制限速度を時速二〇キロメートル以上超えた速度で加害車を運転して進行し、前方を注視すべきであるのに、俊雄に先行した仲山幸子に気を取られた結果、同ヘルメツトを被つている状態であつても、一六メートル以上手前から発見可能であつたにもかかわらず、六メートル程度手前に至るまで俊雄に気付かなかつた被告の過失は極めて重大であり、本件事故の原因のほとんどは、被告の右過失にあるものというべきである。

しかし、他方、俊雄も、夜間であつて極めて明るいという状況でもないのに幅員も広く、交通量も少なくない本件事故現場の東西道路の横断を開始し、前照灯あるいはエンジン音等により加害車の接近に気付き得たものと思われるにもかかわらず、そのまま横断を続けた点に落ち度があり、この落ち度が本件事故の一因になつたものといわざるを得ないから、俊雄の右落ち度と被告の右過失の内容及び程度を対比し、俊雄が、車両と較べ、より保護されるべき歩行者であつたこと等の本件事故状況、その他以上の諸事情を総合考慮すると、俊雄の側についても本件事故発生に関して、一割程度の過失があつたものとして過失相殺をするのが相当である(俊雄との関係を考慮すれば、原告法峰独自の損害賠償請求においても、同様の過失相殺をするべきである。)。

したがつて、以上認定の原告昭子の損害額三六五四万四九九四円、原告法峰の損害額合計一三六八万一六六四円並びに原告富夫及び原告和子の損害額各一二一八万一六六四円からそれぞれ一割を控除すると、原告昭子については三二八九万四九四円、原告法峰については一二三一万三四九七円、原告富夫及び原告和子については各一〇九六万三四九七円がそれぞれ被告に請求できる損害額となる。

六  損害の填補

抗弁2(損益相殺)の事実は当事者間に争いがないから、一二五一万五五八五円を原告昭子が、各四一七万一八六一円を原告子らが、それぞれ各自の損害の填補としたものであり、前記の原告らの損害額合計からそれぞれを控除すると、原告昭子が被告らに対して賠償を求め得る残損害額は二〇三七万四九〇九円となり、原告法峰については八一四万一六三六円、原告富夫及び原告和子については各六七九万一六三六円となる。

七  弁護士費用

原告らが、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額などに照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告昭子について二〇〇万円、原告法峰について八〇万円、原告富夫及び原告和子について各七〇万円とするのが相当である。

八  結論

以上の次第で、被告に対する本訴請求は、原告昭子が金二二三七万四九〇九円及びこれに対する本件記録上明らかな本件訴状送達の日の翌日である平成二年九月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告法峰が金八九四万一六三六円及びこれに対する同日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払を、原告富夫及び原告和子が各七四九万一六三六円及びこれに対する同日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから、これらをいずれも認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 松井英隆 小海隆則)

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